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6月は 2日しか 休みが残らず 毎週 何か 特別な 仕事が あり、 疲れを 引きずらないように 過ごし通す のが 目標でした。 気が緩んだ 今になって 崩れたくも ないので 結局 気を張り続けなきゃ いけないですね。 とはいえ その貴重なお休みに とある 師匠とも言える お方の 5年目の お墓参りに 同僚と 行ったきました。 その後、 どこかに行くのが 恒例行事になっていて 今年は 日原鍾乳洞へ。 私は2回目。 その日は 朝から 雨で 鍾乳洞の 中は 寒いくらいでした。 でも 喉には 嬉しい 湿度。 赤や緑のライトアップが なんとも 観光化の 雰囲気に させていますが 暗すぎて見えない所は 想像よりも 奥があるようで 怖くもなります。 水琴窟もあったり 観音菩薩が祀られていたり。 一度は行ってみる価値ありです。 中を見て回るのは 1時間ほどかかります。 ぜひ。 PR |
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馬場の
学校には 劇団の サークルがあって 今年は ヴォーカルコースの 2年生がひとり(部長) 1年生がひとり 入部しています。 部長にとっては 最後の舞台。 授業終わりに たまに 進捗や悩みを聞きつつ 楽しみにしていました。 普段の 歌唱レッスン以外に 頑張っていることが あるのは 良いことだし その姿を 観てあげたい。 1時間ちょっとの 舞台でしたが 笑う場面や 殺陣もあり 私は (頑張ったんだなぁ) なんて 感慨深く観ていました。 客席の反応はというと 舞台を見慣れてない人たちの それという感じで (ここは笑うでしょ!?) (ここは拍手でしょう!?) ってところで 何も起こらない。 んん… これはいかん。 音楽学校の 学生として いかがなものか。 ライブでも この人たちは 無反応なのだろうか… なんて 思った 帰り道。 いつもと違う道を歩いて 帰宅。 来週のレッスンで ふたりを どう 褒めてあげようか 考えながら 明日の準備。 |
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12年前の 卒業生の プチ同窓会的な 集まりに お呼ばれ しました。 当時の ニックネームも 忘れてしまう くらいに 12年 という 年月は 人を 変えるし 変わらないものも ちゃんと残してるし。 結婚したり ママさんになってたり まだ歌っててくれてたり。 1時間も一緒にいれば 思い出す思い出す(笑) こんな場面でいつも思うのは 当時 教えていた 自分も 一生懸命だったけど 思い返せば 今より 幼く拙いレッスンで 導いていたんじゃないか という 不安。 今、もう歌っていなくても 自分の子供に 全力で 子守唄を 歌った時、 (あぁ...この為に歌を習ったんだな) って 思ってくれたら嬉しいな。 そして 将来、 「パパ、うた、うまいね!」 「ウチのお母さん、歌うまいんだよ!」 なんて 言われてほしい。 その為に、 子育ての隙間隙間に 鼻歌くらいでいいから いつでも 歌える意識を 持っていてほしい。 レッスンでは いろいろ 指摘や アドバイスをしたけど みんな ちゃんと 上手だったし 良い声 してた。 会えなかった子もいるけど 卒業後も ずっと 応援していることを 知っていてほしいです。 いやぁ、 温かさで 胸いっぱいの 嬉しい呑みでした。 明日からの 教えるパワーを 再注入して もらいました!! 呼んでくれて ありがとう!!! |
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えっと
年、明けてましたね。 今年も 宜しく お願い 申し上げます。 年齢なのか 情勢なのか 時代なのか こんなに 不確定のまま 生きていられるのが 不思議に 思う 今日この頃。 毎日 何かに 振り回されているような… 勝手に運ばれているような… 何ともいえない 感じ。 仕事柄…? いや、職場環境…? 世代交代…? といわれても 交代すべき相手の世代に 目の前のプランしか 無いのは、 不安でしかない。 口は出せないし でも その下で 働かなきゃだし 何とも 不安なものですね。 ******** いつまでも 仕事への向き合い方に 熱は持っていたい。 でも 自家発電だけでは やっていけない。 それを与えてくれるのは いつでも 仲間であり 教え子たちで。 一生懸命を 応援するには こちらも 勉強の連続。 今年は どんな年になるか。 頑張りたい。 |
